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おもてなし

龍登園のテーマは「健康・環境・感動」

あなたの身体の健康のために、
あなたを取り巻く自然のために、
あなたの心の栄養のために、
癒やしと喜びに満ちたひとときをご用意致します。

私達の仕事の原点は『健康・環境・感動』です。
この土地の自然とそこで営む農業を柱として
“心身の美と健康づくり”をお手伝いしたいと考えております。

大地に抱かれて生かされている喜び
 多くの生命と共生し生かされている喜び
  自分の心の優しさ・素直さ・純朴さに気づく喜び
忘れかけていた子供の心 万物に感謝できる豊かな心
そんなものを取り戻して
『生きる喜びをほのぼのと実感できるような空間』を提供できる施設でありたい

私たちはそう考えております。

代表取締役社長 宮原知司

川上峡の歴史

川上峡の歴史

古代

川上峡は肥前風土記に荒ぶる神の住まう地として登場します。
行き交う人の半分を殺す神を鎮めるため、当時土蜘蛛と呼ばれた朝廷にまつろわぬ民の大山田女と狭山田女という二人の女性が土で作った人形を祀ったところ、それ以後被害は治まりました。この功績により二人は賢女(さかめ=賢い女性)と呼ばれこれが「さが」の語源の一つになったと言われています。
また、川上峡のシンボルとも言える與止日女神社は、聖徳太子のお祖父様に当たる欽明天皇の時代にはすでにその存在が知られておりました。現在の祭神は神功皇后の妹君世田姫または豊玉姫(竜宮の乙姫)であると言われてますが、創建当初は龍登園や巨石パークが有る金敷城山に点在する巨石群自体が祭神だったと言われています。(世田姫も石神であると肥前風土記に記されています)

川上峡の歴史

近世

佐賀鍋島家の別荘十可亭が置かれ、藩主の保養地とされておりました。また、藩主に献上する鮎などを釣る川として指定された時期もあり、他の者が勝手に釣りを行うとご禁制に触れたものとして処刑されたこともあったとか。
幕末、“佐賀の妖怪”と呼ばれた鍋島直正は特にこの地を愛し、十可亭で施策を練ったり、政務を行ったりし、死後もこの地に墓所を設けさせました。

川上峡の歴史

近代

明治以降は景勝地として愛され、明治の重鎮大隈重信候もこの地で休まれたりしました。(龍登園の駐車場に大隈重信候が松をお手植えされたという石碑が残っています。松は現存しませんが…。)
また、大正2年に佐賀市街から軽便鉄道が引かれたことで與止日女神社詣で等を楽しむリゾート地として賑わいました。
(軽便鉄道は、昭和十二年にバスに一本化され廃止。)

龍登園の歴史

龍登園の歴史

1961年(昭和36年)7月
創業
同年9月
南館オープン
1967年1月
本館オープン
1989年
本館改築
1997年
南館改築
2012年
本館・南館改装 モダン洋室リリース

館内マップ

館内マップ

施設概要

チェックイン・アウト
チェックイン15:00/チェックアウト11:00
※チェックインは深夜でもOKです。但しご夕食付きの場合は遅くとも20時までにお食事が開始できるようチェックイン願います。
※ご夕食なしのご利用でかつご到着予定が18時を過ぎる場合は予めお布団を敷いてお部屋をご用意いたします。それ以外のご利用の際も、事前にお申し出頂ければ同様に対応させて頂きます。
宿泊可能総数
356名
部屋総数
78室(和室×56、洋室×9、特別室×4、モダン洋室×7、バリアフリー洋室×2)
宴会場
清流・山水・山月・風月・芙蓉・菖蒲・石楠花 南館4F / 湖水 パレス館2F
ホール
洗心 本館8F / さらら 本館5F / 鳳凰 南館5F / 翠嵐 パレス館2F / 多目的ホール パレス館1F
会議室
老松・蓬莱 南館5F / 北山・天山 パレス館2F
大浴場
せせらぎ(内風呂、露天風呂、ミストサウナ)男・女各1
大駐車場
200台収容。大型車も駐車可能です。
ランドリーコーナー
パレス館1階には無料でご利用頂ける洗濯機が4台あります。
・乾燥機は付いておりません。
・洗剤はお持ち込み下さいませ。(フロントでも販売しております)
・館内の業務でも使用いたします。
その他設備
健康レストラン「清風亭」 / パブ「フラッシュドラゴン」 / コーヒーラウンジ/ プール(波の出るプール・ちびっ子プール・ウォータースライダー)/ 結婚式場 / ガーデンチャペル / 売店 / 温泉卓球 /