【今年は11/1~5】佐賀インターナショナルバルーンフェスタの前に熱気球の話


佐賀の秋を彩る企画は色々ありますが、世界規模となるとこれ!「佐賀インターナショナルバルーンフェスタ」ですね。
嘉瀬川の河川敷を会場に行われる熱気球の競技大会で世界中からバルーニストや応援者・観覧者が集まります。
例年ですと10月末からスタートするのですが、今年は11月1日(水)~5日(日)で開催されます
例年行かれている方は要注意です。
詳しくは公式サイトをご覧下さい。

2017佐賀インターナショナルバルーンフェスタ
http://www.sibf.jp/

ところで、バルーンフェスタの主要イベントの一つ「ラ・モンゴルフィエ・ノクチューン」にもその名が含まれている気球の発明家といえばモンゴルフィエ兄弟ですが、彼らの元々の職業は何だったかご存知ですか?

なんと製紙業をしていたんだそうです。
創業は1557年。ヨーロッパでカソリックとプロテスタントの宗教戦争が行われていた時代です。
1777年には英国で開発された上質な羊皮紙を再現したベラム紙をフランスで始めて製造。
1780年にはオランダから布を素材に使った白い紙の製造法を導入するなど、その時のその時の最新技術を導入しながら発展しました。
ちなみにこれらの技術革新を主導したのが、我らがモンゴルフィエ兄弟の一人ジャック=エティエンヌ・モンゴルフィエでした。
それが認められ1784年3月には王室公認の製紙工場となります。(ただ時代はフランス革命の前夜。後には王室公認を名乗るのが難しくなります。)

気球開発の最初の一歩は、会社が製紙業として実績を積み重ねていた1782年。
モンゴルフィエ兄弟の兄の方、ジョゼフ=ミシェル・モンゴルフィエは夢見がちで事業に向かないと言われていました。
そんな彼が、ある日、洗濯物を乾かすために洗濯物の下で焚き火をしながら、当時フランスが大陸に残った最後のイギリス領を取り返そうとして苦戦していたジブラルタル包囲戦の解決法を空想していた時、ふと、焚き火から燃えカスが空に昇るのを見て、「この力で軍隊を空に浮かび上がらせられないか」とひらめきました。

ジョセフは細い木材で枠を作りタフタ生地を張って1m✕1m✕1.3mの箱のような装置を作り、その下で紙を燃やすと、その装置は宙に浮かび天井まで届いた。
彼はもっともっと大きい装置を作ろうと、兄弟達に「タフタと綱をすぐに持ってきてくれ。そうしたら世界で最も驚異的な風景を見られるぞ。」と手紙を送りました。
反応したのはジャック。(ちなみにモンゴルフィエ兄弟は全部で16人兄弟で、ジョゼフは12番め、ジャックは15番目でした。)
二人はジャックの持ってきた資材で長さ3倍体積27倍の装置を作って実験を行った所、ぐんぐんと空に上昇し、ついには持っていた綱が足りなくなって制御を失った装置が2kmも先の村に落ち、「おばけが降ってきた!」と大騒動を引き起こしました。

翌1783年6月5日(一説には4日とも)にはアノネーにて公開実験を行いました。
この時作った気球はリンネル生地を紙で補強した布地を使い、その体積は790立方mにもなるもので、高度1600~2000m近くまで上昇し約2kmの距離を約10分間に渡って対空しました。
これを記念し、この日は6月5日は“熱気球の日”と呼ばれています。
熱気球は俄然話題と成りました。

9月19日には首都パリでの実験が行われました。
壁紙業者のジャン=バティスト・レヴェイヨンと組んで作られた気球は、体積1060立方m、ミョウバンを含むニスを塗りつけた耐火性の高い生地を使ったもので、大気の影響を見るための実験動物として羊とアヒルと鶏を乗せた気球は、およそ460mまで昇り、3kmほど移動して8分間滞空しました。
(ただこの実験で主役になったのはジャックとレヴェイヨンで、ジョゼフは内気だったため家に残ったそうです。また、気球の名前も何故か「レヴェイヨン気球」と呼ばれたそうで、なんだかもやもやしますね。)

さらに、11月21日には容量1700立方mの気球にピラートル・ド・ロジェとフランソワ・ダルランド侯爵が乗って史上初の有人飛行実験が行われ、910mほどまで上昇し、パリ上空の9km移動し25分間にわたって飛行しました。
この成功が一大センセーションを起こし、一時期フランスに気球ブームが引き起こされたそうです。

ちなみに、これを後追いするように、水素ガスを使った気球が発明されます。
ジャック・シャルルとロベール兄弟は、熱気球の初飛行に遅れること2ヶ月後の1783年8月27日に水素ガス気球による浮遊実験に成功、1783年12月1日には有人飛行にも成功しています。こちらは正に数日の差。

しかしこの後は、水素ガス気球の方がむしろ先を行きます。
ヒンデンブルグ号の炎上などを知る私達は、水素ガスの方が危ないと思いますが、当時としては、水素ガスを発生させる方が、恒常的に熱を発生させなければならない熱気球より、取り扱いが楽だったのです。

その為、気球開発は水素ガス気球の方が活発となり熱気球は廃れますが、1960年にプロパンガスのバーナーとナイロン製の球皮を使う熱気球が登場し、再び熱気球が盛んになり、今に至ります。

さて、気球はさておき、本業の製紙業の方はどうなったのでしょうか?
実は、モンゴルフィエの製紙工場の系譜は今も続いています。
ジャックの娘と結婚した義理の息子バルテルミ・バルー・ド・ラ・ロンバルディエール・ド・キャンソンが工場と最高品質や最新技術の追求という伝統を引き継ぎます。
フランスの「Canson社」がそれです。
そのため、Canson社の社史のページを見ると、モンゴルフィエ兄弟の気球の件も語られているのです。

というわけで、(どういうわけだ)
今年の佐賀インターナショナルバルーンフェスタは11/1~5です。
今年も遅いご到着に対応する「2017佐賀インターナショナルバルーンフェスタ応援プラン」を販売いたします。
3日と4日は今満室状態ですが、その他に日は受付中です。
バルーンフェスタにお越しの方はぜひご利用下さいませ!!

※この記事は投稿日時時点の情報です。継続的な情報更新は致しません。最新の状況についてはお問合せご確認下さいますようお願いいたします。

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